artience

DXやESGの最前線について、東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリストの福本勲氏が各企業にインタビューする本シリーズ。第23回目となる今回は、東京都中央区に本社を構えるartience(アーティエンス)の取り組みをご紹介します。

同社は2024年で創業128年を迎える老舗企業ながら、2024年1月1日に東洋インキSCホールディングスからartienceに社名を変更したことで話題になりました。色材のリーディングカンパニーとして業界をけん引し、近年は原材料の顔料と樹脂から最終製品までを一貫生産できる強みを活かしたサステナビリティ貢献製品の開発やカーボンニュートラルに取り組むなど、サステナビリティを意識した活動に注力しています。

同社取締役で品質保証・生産・環境、サステナビリティ、購買、物流担当を務める佐藤哲章氏にお話を伺いました。

福本 勲氏(東芝)、佐藤 哲章氏(artience)
左より福本 勲氏(東芝)、佐藤 哲章氏(artience)
佐藤 哲章氏
artience株式会社 取締役 品質保証・生産・環境、サステナビリティ、購買、物流担当
1985年4月に東洋インキ製造(現artience)に入社。生産・物流・調達本部企画室長、トーヨーケム 川越製造所長を経て、2017年6月に執行役員に就任。2022年3月に常務執行役員 品質保証・生産・環境、サステナビリティ、購買担当 生産・物流本部長、2023年3月に同取締役となり、同年7月より現職。
福本 勲氏
株式会社東芝 デジタルイノベーションテクノロジーセンター チーフエバンジェリスト
アルファコンパス代表

1990年3月、早稲田大学大学院修士課程(機械工学)修了。1990年に東芝に入社後、製造業向けSCM、ERP、CRMなどのソリューション事業立ち上げやマーケティングに携わり、現在はインダストリアルIoT、デジタル事業の企画・マーケティング・エバンジェリスト活動などを担うとともに、オウンドメディア「DiGiTAL CONVENTiON」の編集長を務める。
2020年にアルファコンパスを設立し、企業のデジタル化やマーケティング、プロモーショ
ン支援などを行っている。
また、企業のデジタル化(DX)の支援と推進を行う株式会社コアコンセプト・テクノロジーのアドバイザーも務めている。主な著書に「デジタル・プラットフォーム解体新書」(共著:近代科学社)、「デジタルファースト・ソサエティ」(共著:日刊工業新聞社)、「製造業DX - EU/ドイツに学ぶ最新デジタル戦略」(近代科学社Digital)がある。主なWebコラム連載に、ビジネス+ITの「第4次産業革命のビジネス実務論」がある。その他Webコラムなどの執筆や講演など多数。
✳︎所属及びプロフィールは2024年2月現在のものです。

目次

  1. 創業128年を迎えるなか社名を変更
  2. 取締役会の監督下にサステナビリティ委員会を設置
  3. カーボンニュートラル実現に向けたビジョンを策定
  4. 男性社員の育児休暇取得率100%を達成
  5. 同業者や同じ課題を抱える企業との連携がカギ

創業128年を迎えるなか社名を変更

福本氏(以下、敬称略) 本題に入る前にお聞きしたいのは、今年1月1日に東洋インキSCホールディングスからartience(アーティエンス)に社名変更した件についてです。

佐藤氏(以下、敬称略) 当社は今年で創業128年を迎えるなか、artienceとしての一歩を踏み出しました。新社名は「art」と「science」を組み合わせた言葉で、artは色彩をはじめとした五感や心への刺激に加えリベラルアーツの観点を、scienceは技術や素材、合理性を表現しています。

artience
社名変更に伴い制作された新ブランドムービーの一部

福本 これだけ歴史のある社名を刷新するのは、大きな決断だったと推察します。

佐藤 社名や新たな経営理念・行動指針を検討するにあたり、30代の課長やリーダー職といったこれから組織を担う層や、組織をけん引すべき部門長を集めてプロジェクトを進めました。経営層からのリクエストもありましたが、どんな考え方の、どんな会社にしたいのかを彼らが表現したのがartienceです。変更からひと月以上たちますがすっかり馴染んでいますし、彼らの考え方を尊重して各取り組みを拡大したいと考えています。

何より重視したのは、次の100年に向けて変わっていくという姿勢です。それが、いまこの企業を支えているメンバーの考えであり矜持でもあります。これまでのようにインキの概念にとらわれない社名や経営理念・行動指針にすることで、大きく変わっていく機会にしたいと思います。

福本 今回の社名変更にかける、並々ならぬ決意が伺えました。それでは、改めて御社の事業内容をお聞かせください。

佐藤 artienceグループの事業活動は「色材・機能材関連事業」「ポリマー・塗加工関連事業」「パッケージ関連事業」、さらに創業の原点である「印刷・情報関連事業」の4つのセグメントで構成されており、トーヨーカラー、トーヨーケム、東洋インキの3つの中核事業会社を中心にグローバルに展開しています。

色材のリーディングメーカーである当社にとって、有機顔料の合成技術は原点の一つであり、合成した顔料を分散させる技術も、重要なコア技術です。この分野では、トーヨーカラーが単なる着色を超えたフラットパネルディスプレイのカラーフィルター材料などを提供しています。また、最近ではEV用のリチウムイオンバッテリー材料にも展開しており、これもまた分散技術が優劣をつけるものなので、当社の特長を活かした事業になっていると思います。

ポリマー・塗加工関連事業は、グループのコア素材の一つである樹脂を合成してお客様に提供しているほか、自社内の他製品の原材料としても使用しており、その設計から製造までを川越製造所で行っています。樹脂を応用して川下に展開する塗加工事業では、塗料に代わるマーキングフィルム(貼る塗料)、スマートフォンなどに使う電磁波シールド材料、ほかにも自動車やエレクトロニクス、太陽電池などのエネルギー分野、食品包装やメディカルヘルスケア分野など、日常生活に欠かせない機能性材料に使用されています。

パッケージ関連事業では、日常で目にする容器や包装材用の材料を扱っています。高機能製品の提供にとどまらず、安全・安心が求められる食品パッケージ分野では、健康に与える影響を考慮した高い品質も獲得。機能維持と環境対応といった脱石化や持続可能な社会の実現に向けた製品開発を行っています。

印刷・情報関連事業は、当社創業の原点であり、グループを支えてきた基盤の事業です。原材料の顔料と樹脂から最終製品である印刷インキまでを一貫して生産できるという他社にない強みを活かし、サステナビリティ貢献製品の開発を含めてお客様にトータルソリューションを提供しています。

福本 EUにおいてバッテリーに使用する分散体の取り扱いが厳しくなっていることなど、グローバル展開をすると各地域でレギュレーションが異なりますが、すでに影響は受けていますか。

佐藤 東欧にある生産拠点では、特に現時点で否定的なレギュレーションはありません。北米の生産拠点も同様です。ただし、今後は危惧しなければならないと考えています。

福本 佐藤さまのご経歴についてもお聞かせください。 

佐藤 私は1985年に入社し、塗料の技術部門で製缶用の塗料・インキにかかわる樹脂開発に携わりました。その後40歳を過ぎてから、モノづくりに興味があったこともあり、川越製造所生産部門に課長として異動することに。そこから、生産管理部長、生産部長を経て、東日本大震災の翌年に、生産・物流・調達本部の企画室長として本社機能部門へ異動になり、国内の製造所や工場をはじめ海外生産拠点の活動にも関わるようになりました。

そして、川越製造所次長としてトーヨーカラーの着色剤事業の生産部門に携わった後、2016年から6年間は川越製造所長として拠点活動をけん引。2022年には生産・物流本部長を拝命し、その翌年に取締役になって現在に至ります。入社後20年近くを技術開発部門で、その後20年は生産、物流、調達部門で過ごしました。

artience 佐藤氏
「当社がメーカーとして事業を継続するための直接部門に携われたことが、現在のバックグラウンドになっていると思います。」(artience 佐藤氏)

福本 これまでのキャリアで、どういった課題があり、どのように対処したのか、印象的なエピソードはありますか。

佐藤 当社には3つの中核事業会社に沿う形で縦系列に生産拠点がありますが、事業は横でつながらないと効率的にならず、情報も滞りがちです。過去はまだしも、今は水平方向の広がりを見せないと、事業展開できないと考えています。そういった点で、最近は川越製造所で作った素材のポリマーを埼玉製造所の製品に展開する際に、川越で最終製品まで作るのか、あるいは埼玉で作るのかなどが議論されるようになりました。

もっとも顕著なのは、1961年にカラーの顔料を作る製造所として建てられた富士製造所で、最近、顔料合成からインキ化までを一貫して製造するようになりました。生産革新のもと一貫生産を実現できたことが、生産プロセスを改善し、さらに輸送の低炭素化という課題達成につながったと思います。

福本 サステナビリティも水平で進めないといけないと思います。例えば、全社でカーボンフットプリント(CFP)を算定する必要性が出てくる中、製造業の現場では、従来やってこなかったことをしなければならないと、ネガティブに受け取られるケースがあると聞きます。御社ではいかがですか。

佐藤 現段階では、そちらに近い部分が大きいかもしれません。ですが、世の中がSDGsを語るようになり、脱炭素に向けた取り組みを大手企業や同業他社がTVコマーシャルで頻繁に流すようになりました。それを見れば、我々も取り組むべきという雰囲気は醸成しつつあり、さらに言うと、どう取り組めばよいか、いまあがいているところでもあります。

福本 化学メーカーは設備を長く使う共通点があり、デジタルのトレンドと合わせるのは難しい面もあるのではないかと捉えています。どのように感じていますか。

佐藤 おっしゃる通り設備の古いところは多く、世界的な企業でもプラントの老朽化が原因のトラブルが起きています。当社の工場も同様で、すべてを一度にDX化するのは無理なので、取捨選択の上できるところから手掛けていく方針です。成果の高い領域で実績を積み、働いている皆さんと共有していきます。

比較的デジタルでコントロールしている設備であっても、管理面では紙に書いて記録を取っている部分もあるので、電子ファイル化するといった施策は必要ですが、作業負荷にもなるので、何のためにやり、どういう効果につながるかという点でDX推進と生産現場との間でギャップが生まれます。ギャップはありながらも成果につなげていくには、どの製造所のどのエリア、どのプロセスがもっとも取り組みやすいかを見極めてから進めないといけません。

福本 デジタル化を進めるためにも、プロセスの中身を見極めたり標準化する動きも必要ですね。

佐藤 例えばポリマーで言うと、拠点や建屋ごと、あるいは運用年数によって生産設備には機差があります。原料そのものも仕入先によって多少の差異があります。経験的にこのような違いが合成反応に与える影響は大きいものです。これらを詰めるには設備ごとの処方のカスタマイズが必要ですが、当社の場合は生産拠点に技術開発部門が所在しているので、技術的にサポートしてもらいやすいのはよい点です。

福本 開発・設計と、モノづくりの間にギャップがある国内製造業は少なくないので、とても素晴らしいことです。

取締役会の監督下にサステナビリティ委員会を設置

福本 次のテーマは、サステナビリティに対する方針や姿勢についてです。御社はいかがでしょうか。

佐藤 当社を含む化学製造業という分野は、日常生活にはなくてはならないプラスチックや、半導体、電子部品を構成する素材などを創り出し、産業の発展や豊かな生活に貢献してきました。しかし一方で、過去には大気汚染や海洋・河川への有害物汚染を引き起こすなど、負の遺産を積み上げてきたと感じています。CO2排出の点でも、モノづくりのプロセスでは燃料やエネルギーを大量消費してきたほか、海洋プラスチック問題など、地球環境に対してダメージを与え続けてきた存在だと思います。artienceグループはこうしたことを踏まえ、サステナビリティに対する最も基本的な方針を『サステナビリティ憲章』で示しています。

創業以来モノづくり企業としての責任を最優先に取り組んできましたが、自身が化学製造業を主業とするグローバルな企業グループであり、社会や環境に大きな影響を及ぼし得る存在であることを肝に銘じ、再認識しなければなりません。今後も公正な事業活動によって持続的な成長につなげるとともに、お客様・社員・ステークホルダーに価値と満足を提供し、地球環境と社会の持続可能性の向上に貢献したい考えです。

また、製品・サービスを通じた「価値の提供」では、artienceとしてのBrand Promise(ブランドプロミス)で示している「感性に響く価値」「心豊かな未来につながる価値」を社会に提供します。誠実な事業活動から得られた健全な収益を、株主や社員をはじめステークホルダーに還元するのはもちろん、社員一人ひとりが自主性と能力を最大限発揮できるよう快適で自己実現のできる職場環境を醸成することが、経営層の役割だと認識しています。

グループ全体でのサステナビリティ活動を推進するにあたっては、取締役会の監督下にサステナビリティ委員会を設置。コンプライアンス、リスクマネジメント、ESG推進の3部会を運営し、各テーマについて全社的な活動を推進しています。

東芝 福本氏
「御社はサステナブルサプライチェーンガイドラインを策定していますが、多くの企業を見る限り、策定はしたものの定着させるのは難しいという印象があります。」(東芝 福本氏)

福本 ステークホルダーや従業員に自分ごととして捉えてもらうために、何か工夫されていますか。

佐藤 社内では、さまざまなツールを使いESG関連の教育を始めています。最近は入社したての若い世代のほうが感度は高く、長く在籍しているミドル世代以上に対して学びの場を持たないといけないと思っています。聴くだけではなく理解する必要があり、試験で合格点を取れるまで反復学習できるような取り組みを始めました。

カーボンニュートラル実現に向けたビジョンを策定

福本 2022年1月にはサステナビリティビジョン「asv2050/2030」を策定しています。

佐藤 策定当初は「TSV」だったのを社名変更のタイミングで「asv」に改称し、再浸透させているところです。「asv2050/2030」は、『2050年におけるカーボンニュートラル達成』を中心に、さまざまなサステナビリティ活動を推進するための基本ビジョン「asv2050」と、国連サミットで採択された2030年を目標年とするSDGs達成に向けた、当社グループとしての貢献を推進する「asv2030」の2段階で構成し、asv2030はasv2050のマイルストーンとして確実に達成するべく、具体的な目標を設定して取り組んでいます。

福本 具体的な目標とはどのようなことでしょうか。

佐藤 環境に関しては、サステナビリティ貢献製品の売上高比率増大とCO2排出量削減の2つを大きな目標にしています。サステナビリティ貢献製品とは、地球環境と人びとの生活を良くしていく価値を提供しうる製品という位置づけで、現在の売上高比率60%を2030年までに80%、2050年には100%に持っていくのが目標です。

CO2排出量は、2030年までに国内35%削減(2020年度比)、海外35%削減(2030年度BAU比)と目標設定し、2050年までに生産活動でのカーボンニュートラル、CO2排出量実質ゼロを目指しています。2030年目標については、国内は事業活動がそれほど大きく伸びないということを前提に35%としています。一方で海外は、グローバル化が進む2030年には、グループ総売上高の6割を超えるだろうと考えており、そうすると成長に合わせて事業が拡大し、CO2排出量も増えるはずですので、BAU(Business as Usual)というやり方で目標値を定めました。

artience 佐藤氏
「最終的には国内外ともに100%削減を目指しますが、かなりカーボンネガティブな取り組みがない限り、いかに排出量を抑えたとしても達成するのは厳しいと捉えています。今後の大きな課題です。」(artience 佐藤氏)

ほかにも、環境分野では廃棄物や有害化学物質の排出量、水利用などの環境負荷に関する定性・定量目標を設定し、社会・ガバナンス分野でもさまざまな目標を設定しています。また、現在は新たな中期経営計画「artience2027」期間を対象としたマテリアリティの特定と目標化を進めており、拡充されたasv2050/2030というかたちで組み込んでいくとしています。

福本 ESGは実践するだけではなく、活動実態を社会に示すことも重要です。

佐藤 当社グループのさまざまなESGへの取り組みについては、「サステナビリティデータブック」を毎年発行して広くステークホルダーに報告しています。また、製造部門では、ユーティリティやプロセスでのロス削減、省エネ活動などを進めるとともに、これまでの生産方法に固執しない、革新的な生産プロセスによるCO2排出量削減に向けた取り組みを実施しています。川越製造所内では、省エネへの取り組みをボトムアップで関係部門とともに作り上げてその成果を発表し、省エネルギーセンター会長賞を2020年と2022年の2度受賞しました。

CO2排出量削減につながる製品・技術はお客様の関心が高く、開発部門が注力しているテーマです。具体的には、低炭素な原料(バイオマス、リサイクル原料など)を使用した低炭素製品や、お客様企業で使用される際のCO2排出量を抑制する製品(低温硬化樹脂、UV硬化型インキなど)、化石燃料からの脱却を支援する二次電池用材料(リチウムイオン電池用電極材料など)の開発と供給に取り組み、気候変動における事業機会創出を推進しています。これらの取り組みは、複数のESG評価機関から高い評価を得ています。

福本 中小企業のサプライヤーもいる中、Scope3にはどのように取り組む方針ですか。

佐藤 そこが一番の悩みどころです。先ほど申し上げた35%の削減は自社排出量であるScope1・2を指していますが、当社の排出量の約8割がScope3カテゴリ1(購入した製品・サービス)に起因しています。ところが、大手企業をはじめ多くのサプライヤーから、明確な対策はまだ出ていません。ただし、2030年に向けて主業であったとしてもCO2排出量削減が見込めない事業から撤退する企業もあるようで、新しい分野で生き残れるかが目下の課題だと聞いています。そういうサプライヤーからは比較的CO2排出量が少ない原料が調達できるようになるので、お付き合いは長く続くでしょう。

あるいは、多くのCO2が排出される高炉や焼成炉を生産プロセスに持つ素材メーカーにおいても工業炉のカーボンニュートラル化に向けた方向性を検討しているそうで、排出量は減っていくものと期待しています。我々が排出量を基準に原料メーカーを選択するように、我々の製品がCFPによってお客様に選択されるか否かが決まる時代も遠からず来ますから、どういった原料をどのように調達するかも大きな課題です。

男性社員の育児休暇取得率100%を達成

福本 ESGの「S(社会)」や「G(ガバナンス)」についてもお聞かせください。

佐藤 CSR調達については、2022年度に詳細な「サステナブルサプライチェーンガイドライン」を制定するとともに、定期的(3年)なCSRアンケートを開始しました。弊社はサプライヤーを「単なる原材料の仕入先」ではなく、消費者に価値を提供するための「一連のサプライチェーン上のビジネスパートナー」であることを強調し、他所で見られるような“ガイドライン遵守を取引継続と引き換えにする”姿勢を取らず、ガイドラインは“サプライヤーと弊社が協働して達成を目指すもの”としています。

原材料サプライヤーには大手企業だけではなく中小企業もたくさんあり、CSRを高飛車に求めると身動きが取れない窮屈な状態になります。一緒に取り組んでいきましょうという形で投げかけている状況です。2023年度の最新集計結果では、全世界の原材料取引総額の40%に相当する取引先に対してガイドラインへの同意とCSRアンケートへの回答を求め、ガイドライン同意率77%、CSR調達率(アンケートの回答がスコア75/100以上)83%という結果になっています。

コンプライアンスについては、社員全員による現場力が支えていると考え、職場単位でさまざまなコンプライアンステーマについてディスカッションを行う「コンプライアンス拠点ミーティング」を毎年実施しています(2004年~)。昨年は国内206の職場単位で拠点ミーティングを実施し、人権をテーマに社員一人ひとりが考える機会を持ちました。海外でも同様に水平展開を進めています。ほかにも、独占禁止法や下請法、贈収賄防止、個人情報保護などのテーマでコンプライアンス講習会を開催しています(2022年度は27回)。

ワークライフバランスの実現にも積極的に取り組んでおり、育児や介護休暇は言うまでもなく、リモートワークやフレックスタイム制などの制度を整備してきました。一昨年は男性社員の育児休暇を促すため、原則10日以上取得する制度を新設しています。結果、2022年は93%、2023年に至っては100%の取得率を実現しました。また、女性が長期的に高いパフォーマンスを発揮して活躍できる環境づくりに向けて、産休・育休社員へのキャリア開発支援や、選抜型の女性キャリア研修も実施しました。これらの取り組みが評価され、先ごろ「プラチナくるみん認定」を受けるに至りました。

同業者や同じ課題を抱える企業との連携がカギ

福本 さまざまな取り組みをお聞きできましたが、外部評価についてはどのように捉えていますか。

佐藤 当社グループとして現在重視している外部評価は、FTSE、MSCI、CDP、EcoVadisの4種です。FTSEは、FTSE Russelによる1次評価後に企業側がレビューすることができ、さらに最終評価後に設問ごとの判定結果を提供してもらえるので、自社の開示情報の改善に役立てられるところがよいと考えています。

2022年度は、サステナビリティ調達(ガイドラインの制定、サプライヤー調査)と人権への取り組み(人権方針制定、社内教育)に注力した結果、2023年6月での総合評価点が2.5から3.5に向上し、Blossom Japan Indexに初選定されるという結果につながりました。2023年度は人材マネジメントとサステナビリティ関連方針群の改定を進めましたので、これらが次回の評価点向上の後押しになればと考えています。

福本 今後の課題や目標については、いかがですか。

佐藤 Eの分野では、CFPの算定を通じて、自社製品のCO2排出量を削減していく取り組みを進めていますが、その実現に向けて重要となるのは排出量の約8割を占める原材料への対応です。最終的には、サプライチェーンの上流にあたる原材料サプライヤーへの働きかけが必要になります。サプライヤー連携でScope3を算定し、各事業会社でCFPセルフ算定体制が構築できている状態が目標であり、自社製品のCO2排出量を削減し、脱炭素社会に向けて貢献している姿を目指しています。
Sの分野では、3年前からLGBTQ+への対応を始め、一昨年は人事部内にDE&I推進室を立ち上げました。今後は活動を強化し、来年、再来年には何らかの形になるよう計画を進めています。
人材マネジメントを今後どうするかも、いま考えているところです。「我々は変わるんだ」という決意表明として行った社名変更と一緒に、理念体系も変えました。新しい理念体系では、「人」が最も重要であるとして、中心に置いているので、そういう方向で組んでいくと思います。

artience
社名変更に伴いCorporate Philosophy(経営哲学)、Brand Promise(ブランドプロミス)、Our Principles(行動指針)からなる理念体系を新たに制定

福本 サステナビリティやESGを円滑に推進するための工夫はありますか。

佐藤 例えば、CO2の排出量が多い部署だけが熱心になっても、偏った施策になりがちです。製品の開発やお客様の理解、お金の使い方など多面的な視点が求められ、全社一丸で取り組む必要があります。そこで、当社グループではESG推進の中核組織としてESG推進室を2023年7月に設立し、取り組みの強化を図りました。

当社は環境に関する活動を1970年代からいち早く行っていたので、E分野については経営層も社員も理解度は深いと感じます。とはいえ、国境を越えて事業を展開しているグローバル企業は、その影響力ゆえ期待される役割が増しているなか、グローバルに展開(売上高の50%を超す)しているという状況そのものが、物理的距離・文化的差異・気候風土といった点で、意識共有や情報伝達における障壁となっていることは否めません。

環境への課題感も高度化しています。そういった意味では従業員のESGへの意識醸成がまだ不足していると感じます。そのため、従業員へのESG教育としてe-ラーニングを実施しているほか、定期的にESG関連の社内外動向をESGレポートとして国内外のグループ各社に発信し、意識付けを行っています。

福本 さまざまな取り組みを通じて、これまであまりお付き合いのなかった方と協業することもあるでしょう。

佐藤 当社の取り組みの結果、当社を評価し共に取り組んでくれる企業が増え、新しいビジネスにつながっていく可能性はあると考えています。例えば、今はまだ手計算の比重の大きいCFPの算定が、DX化によって素早く回答できるようになったりCFP値を下げることになれば、お客様から評価され、当社への選好性が高くなるかもしれません。また、新しい取り組みを知っていただいたうえで、当社がいままで見えていなかった事業領域に参入するよい機会にもつながると期待しています。

artience 佐藤氏
「例えば、CO2排出量の算定だけでなく結果を分析し、どのプロセスがネックなのか、どの原料の排出量が多いのか、多いならどのサプライヤーとの調整が必要なのか、というようにつなげ各製品のCFPが下がっていくと、当社を選択する企業も増えるに違いありません。こうした循環を目指したいです。」(artience 佐藤氏)

福本 ESGの推進において、御社にはどういった独自性があるとお考えですか。

佐藤 当社グループは化学製造業を主業としていることから、ESGの中でも特に環境分野に意識を向けてきました。ESGの推進や社会貢献においても、まず「本業を基盤とした社会貢献」を重視してきた結果として、GHG排出削減(温暖化対策)、水利用(取水・排水)、廃棄物ゼロ、土壌対策、サステナビリティ貢献製品群の拡充、生産拠点近隣のコミュニティとの交流などでは積極的に活動していると思います。ただし、ESGの「E(環境)」については個別企業で解決できる問題ではないと考えていて、特にカーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーの実現に関しては、同業であったり、川上から川下に向かい事業を展開し同じように困っている企業と一緒に作りあげることが使命だと考えています。

一方、生物多様性、地域文化、教育、広範なコミュニティとの交流などについては、まだまだ取り組むべき課題が山積みです。

当社は、「目まぐるしく変化する社会環境の中で、先端の技術で先駆の価値を届ける会社へと変革する」強い決意をもって、社名も改め、新たな中期経営計画artience2027に着手しています。ESGにおいても同様に、「社会での我々の役割は○○だ」という従来の固定観念から脱却し、環境分野は今まで以上に、社会・ガバナンス分野においても取り組みを積極的に推進していきたいと思っています。

福本 最後にKoto Onlineの読者へメッセージをお願いします。

佐藤 昨今はニュースや企業コマーシャル、ビジネスの場においてSDGsやサステナビリティなどの関連ワードを目にする機会が多くなり、意識すべき課題として環境問題への対応やダイバーシティ(多様性)推進などが「ESG経営」を志向するうえで必要不可欠となっています。ESG経営が掲げる3つの基軸のうちS/G(社会的規範、コーポレートガバナンスの遵守)を重視した経営は各個社での対応が可能な領域ですが、環境に関わる分野、特にカーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーの実現は化学・素材産業における個別企業の取り組みでは実現が困難で、各社の持つ技術の進化と目指すべきサプライチェーンの実現、さらに共創パートナーとの連携が不可欠であることは言うまでもありません。

2030年に向けた取り組みに全集中している現状では、2050年に向けて明確な導きを描き切れていませんが、環境に配慮し、あらゆる人が安心して活躍できるクリーンな組織を目指すために、小さなことから積み重ね、「地球環境問題の解決」と「心豊かな未来につながる価値」の実現を、同じような取り組みを行っている皆様と一緒に目指していきたいと思います。

福本 本日は非常に濃い内容のお話をお聞きできました。ありがとうございました。

artience

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(提供:Koto Online